「中間テストを終えて」 名前 A・Fさん(中学2年生)


 私は進学院に来る前、勉強が大嫌いでした。
塾に入ってからだんだん「勉強はやっただけ結果として残るからやって損はない」と思うようになり、勉強しました。


 前の塾ではテキストをやっていても点数がまったく上がらなくて、下っていくばかりでした。


 でも進学院に来たら、毎日塾に来るのが楽しくなりました。


 そして全教科成績が上がりました。母にもとても褒められて嬉しかったです。


 私は一年の時、理科が大嫌いでやる気になれませんでした。
テストではいつもいつも平均点以下でした。
でも今回のテストは、理科83点という高い点数が取れました。


 上がったのは院長先生のおかげです。
私の友達も進学院に来て、成績がどんどん上がってきています。


 私はこの塾にめぐり会えて、本当によかったです。


 最近は、全教科、平均点以上取れるようになったのでとても嬉しいです。
本当に院長先生には感謝しています。

 これからもよろしくお願いします。
  「ちょいん大好き!!!」
 ※ちょいんは院長先生のあだ名です!





'08合格おめでとう!!
Y.Oさん  成蹊大学経済学部合格


 院長先生をはじめとする、今まで教わってきた先生方、ありがとうございました!♪

 私は高校の指定校推薦で希望の進路に進めた。
受験自体はあっという間で、あんまり実感なく終わったけれど、思えば5年半前に進学院に通いはじめた時から受験ははじまっていたのだと思う。

 当時は、苦手だった数学のために通っていた。
まさかこんなに長くお世話になるなんて思っていなかった。
中学の時から、一緒に受験やテストを乗こえてきた。

 私は塾が好きだ。

それは、進学院だけの独特の雰囲気や先生たちの人柄によるもので、すごく私に合っていた。
色んな先生に教わってきたし、お世話になった。
その全ての人が私にプラスになったと思う。
わからなければ教えてくれるし、一人ひとりに時間もかけてくれたから、勉強することや理解できることがすごく楽しいんだなあって思えた。

 常に成績をキープするのは大変だったけど、塾がなんか心強かった。(^^)
5年半通ったというのはこういうことだったんだと、すごく実感できた。
これからも変わらぬ進学院であってほしい。

 最後に、これから受験を経験する全ての人に・・・
まずは学校の成績・テストを頑張ってほしいと思う。
学校は基礎となって必ず役立つし、受験の可能性も広がる。
新しい春を迎えた時に、後悔しないよう、多くのことを楽しく学んでいってほしいと思う。



院長より一言

 Y.Oさんは、勉強に対する考え方がどんな時でも不動で、常にマイペースで努力を続けられる人でした。
 進学院に通うこと5年半。在籍した都立高校では常にトップクラスの学校成績でした。
この努力の積み重ねの結果、11月には推薦で何と成蹊大経済の合格を手にしたのです。
さらに驚いたのは、「先生、合格が決まっても、私まだ塾を続けるよ。レベルの高い大学だから入学後のことも考えて・・・」と言ったのです。

 普通は「合格」が決まってしまえば、その時点で皆塾をやめるのですが、彼女は違いました。
これだから彼女はビッグな結果を手にしたのです。さすがです。合格おめでとう。
あなたは「将来、会計士になりたい」と言っていましたが、あなたなら必ず成功します。
頑張ってください。






合格おめでとう!!
K.I君 明治大工学部建築学科合格


 合格通知を手にした時、思わず涙が出てきた。はしゃぎ回りたいほど嬉しかった。
 最初、一般入試を考えていた明治大学の建築学科が今年から学校の指定校推薦枠に入った。
進学院の院長先生に話すと、このチャンスをのがすなと言われた。

 院長先生には高三から数学を学び、不得意だった数学が得意になったばかりか、十段階評価で五だった成績が十にはね上がった経緯がある。院長先生にそう言われたら精一杯頑張るだけだ。

 そして校内審査が始まった。
数学の成績の伸びが幸いしてか、その審査に幸運にもパスする事ができた。

 しかし・・・ことは簡単には運ばなかった。大学での最終面接の後は小論文がひかえているというではないか。ショックだった。僕は母国韓国でも作文、小論文の類は嫌いでずっと避けて通ってきた。まして日本語でなんて・・・

 すると又もや院長先生の一言。「千葉先生に特訓してもらえ。」千葉先生は進学院のベテラン国語教師だ。早速、翌日から特訓が始まった。文を書くコツや時間配分を教えてもらった。最初は、二時間原稿用紙にむかって一行しか書けなかったのに一時間で800字の文章が書けるようになった。様々なテーマで多くの練習をこなした。

 そしていよいよ本番となった。会場で小論文のテーマが配られた時、思わずあっと叫びそうになった。練習したことのあるテーマではないか。
僕はその時の小論文を思い出しながら一時間必死に書き続けた。

 そして一週間後、僕は合格通知を手にしたのだ。進学院にはどんなに感謝してもしたりない。
ありがとう!ありがとう!ありがとう!


院長より一言

K.I君は高1の夏休み前の時に、韓国の留学生として来日しました。
最初は日本語の「読み・書き」もまるで出来ず、大変な状態でしたが、
学校の先生方やホームステイ先の家族や塾のサポートのおかげで日本語の実力をめきめきとつけ、翌年の12月には日本語検定1級試験を受けて合格。

彼はこれに自信をつけ、転校で抜けてしまった数学、物理の単元を当院の個別指導で2年がかりでカバー、この努力が実り、学校成績も急伸し、学校側にも認められて、明治大建築学科合格という信じられない素晴らしい結果を手にすることができました。

K.I君おめでとう。建築家になったら日韓の架け橋として頑張ってください。
期待しています。






私立中6年一貫コース 中学3年生 H・Tさん


「あれ?他の塾とは雰囲気が違う」

私が始めて進学院に来たときの印象です。
木の机、木の椅子が私にそう思わせたのかもしれません。

以前通っていた塾は机も椅子も追うラスチック製でしたから。
けれどそれだけでなく、クラスの雰囲気も先生がたの教え方も、真剣でありながら、落ち着いたものがあって、私にはしっくりと合い、進学院で勉強していく事に決めたのです。
小5の春の頃でした。

それから4年半の間、進学院で学んでいるわけですが、最初の頃の私の成績は(以前、他の塾に通っていたにもかかわらず)ひどいものでした。
漢字テストは連続不合格。コンピュータテストでは算数が150点満点の5点というありさま。
「くやしい!」
それからは本気で勉強に打ち込みました。
先生がたもこちらのやる気に全身全霊で応えてくれました。

進学院の中学入試勉強の2年間で私は勉強の仕方だけでなく、勉強への意欲というものを身に付けられたと思います。

「この世で、努力した分だけ結果が100%正直に返ってくるのは勉強くらいだ。やればやっただけの実りがあるんだ」
院長先生がよくおっしゃっていたセリフです。

そのセリフを思い出して涙したのは、私が第一志望校に合格した、その時でした。
そして、今中3生になっても進学院に通っているのは、「手綱を緩めず継続して勉強する」ことの大切さを知ったからです。






小学5年生 R・K君のお母様

 私が中学受験をするために進学院で学ばせていただいてから、早いものでもう30年近くが経とうとしています。そして、今、また息子(小5)がお世話になる機会をいただきましたことを、大変うれしく思っています。

 息子は、はじめ、大手の進学塾に通っておりました。“塾”というところ自体、彼にとっては初めての場所でしたから、しばらくは疑問に感じることもなく、通塾していたようです。ところが、ある日の算数の授業のあと、息子がこう言ったのです。

「お母さん、塾は問題の解き方について教えてくれるところじゃないんだよね?ただ問題をたくさん解かせるだけでしょ?」

私はただ塾に通わせているだけで安心してしまい、子どもが学習内容をきちんと消化できているかどうかを、分かってあげていないことに気付かされました。そして、算数が決して得意ではなかった私に、合格できる力をつけてくださった進学院の授業を、息子にも受けさせてあげたい、と思ったのです。

 今は様々な情報が手に入りすぎる時代です。不必要な情報に振り回されることなく、信じてついて行ける塾が見つかったことは、受験勉強においての大いなる前進であると考えます。進学院には、大手の塾のように“テストの点数だけで子供の可能性を判断する”ということのない指導があると思います。こうした確信があるからこそ「進学院の先生の教えを守っていけば大丈夫!」と繰り返し息子に言いながら、応援しています。


小学5年生 R・K君

 ぼくが最初に通っていたじゅくは、人数が多いので気軽に質問ができなかったり、問題が難しすぎたりして大変だったけれど、進学院は気軽に質問できるし、難しすぎる問題がないので、安心して通えます。
 生徒一人一人にくわしく教えてくれるので、変わって良かったです。成績もあげていきたいです。


院長より一言

 R・K君のお母様は、進学院創立の頃、中学受験生として入塾されました。
授業態度、成績ともに模範生でした。
 今も昔も受験算数は難しいのですが、彼女はこれに粘り強く取り組み、繰り返し復習することで受験算数を乗り切り、女子学院中、お茶の水女子大付属中に見事合格されました。

 あれから30年余り時が経った今、今度はその御子息が中学入試勉強を始めました。
彼の精神的、学力的な進歩を楽しみにしています。
お母様に負けないように頑張ってください。親子二代で進学院で学んで頂けることは、私はこの上もなく幸せを感じます。





受験科 高校2年生  S・Kさん

『人を思う気持ち』

 私は以前に「積木くずし」を見て、考えさせられたことがあります。それは、「人間は生まれ変われる」ということです。

 主人公の少女は元々明るくて優しい子でした。しかし、父親が俳優であるという理由や、持病を治療するための薬の副作用で髪の毛が茶色という理由でいじめを受けていました。

 そんな少女へのいじめはさらにエスカレートしていき、ついにある日レイプまでされてしまいました。家に帰ると慰めてくれるはずの家族もおらず、少女は恐怖と怒りそして孤独感で泣き崩れてしまいます。家族とのすれ違いから、少女はさらに非行に走ってしまい、ドラッグ中毒にまでなってしまうのです。そんなバラバラの家族が、ボロボロになってしまった少女に気付き、再び家族が心を一つにしていく、という話です。父親と母親が少女を探し一日中冬の街を走り回る姿や、自分に対する想いを感じ、少女はまた心を開いていきます。

 大好きな母親の突然の死、持病の悪化など、非情な出来事が一家を襲います。それでも家族は現実を見つめ、共に苦難を乗り越えて行こうとするのです。

 人を想うことによって、その人自身が変わって行く。

 私は、人が人を想う気持ちは本当に偉大だと思います。地獄、そしてさらに地獄のような現実も、人を想う気持ちがあれば乗り越えていけるんだと思います。




受験科 中学3年生  Y・Y君

『そこ』は…

 「そこ」は自分の野球の始まりだと思う。

 「そこ」は道路工事が中止になってできた、空き地のような子供の遊び場である。「そこ」は自分の家から近く、よく遊んでいた。

 小学校5年生になって野球を始めた時に、初めて「そこ」でキャッチボールというものをした。「そこ」はあまり広くない正方形の空き地なので、思いっきりボールを投げれるわけではないが、「そこ」が自分の練習場になった。中学校になって、ピッチャーになりたくて、親父とよく「そこ」に行った。親父は野球が好きで色々と教えてくれた。

 しかしある日、親父の投げる球がとても弱く思えた。小学校の頃はとても速かった親父の球が。その時、自分は成長したな、と思うのと同時に、もうすぐ野球では親父を抜いてしまうな、と思った。それを思うとすごく寂しい気持ちになった。

 そんな思いをさせてくれた「そこ」は、もうすぐ無くなってしまうらしい。とても寂しいけれど、「ありがとう」と言いたい。




受験科 中学3年生  Y・Bさん

『自分を大事に』

 「トマトはトマトであるかぎり それはほんもの
   トマトをメロンに見せようとするからにせものになるんだ 」

 みつをさんの詩。

 誰かみたいになりたくて、でも他の誰かになることなんか出来なくて。誰かになろうとすると自分が隠れていったり、苦しかったり。でもそれに気づかなかったり。

 トマトとメロンは極端だけど分かりやすい。新しい芽を出すことばかりに栄養を使っていると、新しい芽を出すことは出来るけど、他の成長は止まったまま。トマトは真っ赤になって、熟して、落ちて、やがて種からまた実がなる。

 まずは自分から育てて、それから広げればいい。

 「自分の庭に花咲かせろや」




受験科 小学6年生  R・Kさん

『人のため、自分のために』

 私の夢は「医者」になることです。「医者」は、女も男も関係ないし、なによりも、「人を助けること」が、最大の目的です。
 
 医者になりたいと思ったきっかけは、分かりません。いつの間にかそう思っていたのです。でも今は、理由があります。それはやはり、人を救うため、すなわち、一人でも多くの病気や風邪などを一日も早く治してあげたいと思うからです。
 
 いつ医者になりたくなったかは分かりませんが、幼稚園の時に、一番欲しかった物が、「お医者さんセット」でした。どうしても欲しくて、おもちゃ屋さんに寄るたびに欲しがっていたのです。
 
 そんな私は、今、聴診器も持っています。人の心臓はもちろん、木の脈の音まで聞こえます。まだ、この音の何で診断するのかは分からないけど、なんだか、医者に一歩近づいた気がしました。
 
 まだ、医者への道は長いです。長い長い努力の積み重ねで、やっと医者になれるのです。 夢は、自分も成長させてくれるし、さらに、医者という夢は、人のためにもなるのだから、私の夢が、私を含めたみんなの幸せになればいいと思います。